存在と世界

その存在を認識するから世界が広がる

私は、職場の一部の人に「俺をみて!」と言う人だ、と思われているようです。

それは違います。

私は「存在の認識をしろ」と思っています。

​人は認識されることで初めて「存在」になれるのだと思っているからです。

 

世界の生成

世界は無数にある

ある人が「存在」を認識したとき、そこに「世界」が生成されます。

​例えば私の友達のAさんを私は認識し、私の世界にAさんが存在します。

ただし、Aの友達に私は会ったことがありません。故に私の世界にAさんの友達は存在しません。

話で聞いたことはあったとしても実在を証明できません。

こんな私の見ている世界と同じように、私の友達にも、あなたにも、それぞれ不可侵の世界は一人に1つではなく複数、各々にあります。

​故に、世界は認識さえすれば無限に存在できると考えています。

 

世界を幸福に

存在と世界​ そして善意の受け手へ

私が「存在を認識しろ」と職場で言うのは、少なくとも一緒に時間を過ごす者として、あなたの「世界」に私が「存在」するため認識してほしい。と言う意味です。

そして、私はともに時間を過ごす者として、私の持っている善意によってあなたには豊かで幸福であってほしいと願っています。

さて、ではその善意を受取ってもらえる方は誰だろう?

この思考が「善意とは何か?」へ挿し戻り、ループしているのです。

職場を例に出しましたが、「世界」は私にも、「存在」を認識したのと同じ数だけ生成されます。

私は自分の「世界」を広げるため、認識できる「存在」を増やすため、無料出張鍼灸ぜんいをはじめました。

 
 

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